どうしてJ-フュージョンは吹奏楽の中で生き残り続けるのか
先月、荻窪のベルベットサンにておこなわれた、こちらの対談。
挾間美帆とシエナ・ウインド・オーケストラ*1の新たな試みを軸に、ジャズと吹奏楽の関連性について語るイベントでした。わたし自身が同時刻に別の場所で喋る機会をいただいていたので伺うことができなかったのですが、、、(かなり悔しい)
そして、終了後のTwitterを拝見していて個人的にいちばん大きな衝撃だったのが、『ワニ三匹』のおひとり、村井康司さんのこちらのひとことでした。
いろんな話題が出て非常におもしろかったのですが、個人的に衝撃だったのは、Jフュージョンと吹奏楽の深い関係の話でした。 https://t.co/a3NAF3MP2N
— koji murai(村井康司) (@cosey) June 20, 2018
なぜなら、私自身のフュージョンとの出会い、ひいてはジャズの裾のはじっこにさわることのできた初体験が、吹奏楽部でのJ-フュージョンに他ならないからです。
ジャズの業界では今でも(笑)付きで述べられてしまいがちなJ-フュージョン。*2しかし、その末裔がジャズ業界の与り知らないところでこうして生き残っていたことに、専門家のみなさまが少なからず驚いている、そのことにまた私のような吹奏楽業界の人間はひっくり返ってしまったわけです。
*1:https://sienawind.com/orchestra_member/composer-orchestra_member/7780
*2:こう述べましたが、別にJ-フュージョンが面白くないとかつまらない音楽だとかいうつもりはありません。これはこれで興味深いジャンルの推移だなと考えていますので、愛好家各位におかれましてはどうぞ誤解なきようよろしくお願いします
音楽堂これくしょん 東京文化会館 小ホール
昨日行ってまいりましたのは、言わずと知れた東京でも有数の歴史あるホール、東京文化会館。1961年のオープン以来、多くの著名演奏家を迎え、コンサートに、オペラにと、連日華々しく催事が繰り広げられています。
大ホールは2303席。オーケストラはもちろんのこと、オペラ・バレエの公演数は都内随一の多さです。ホールの内装の話をするなら、ステージの左右に非対称につくられたレリーフのほか、椅子色のお話がわりと有名です。大ホール客席の椅子は基本暗赤色なのですが、ところどころ黄色、青、緑と、座面がまったく異なる色でしつらえられているのです。理由は「客入りの具合を確認するため」だとか「空席が多くてもさみしく感じさせないため」などなど諸説あるようです。
さてさて、この日は小ホールでの演奏会でした。上野駅、公園口の改札を出て横断歩道を渡り、雨が降っていてもあまり気にしなくてすむくらいの距離でホールの入り口を通過。大ホールのチケットもぎりを横目に見ながら通路を折れて坂をのぼれば、もう小ホールの入り口です。改札からの所要時間は、健常者の方なら概ね3分以内でしょう。
天井の高いロビーを抜けて、ホールの中へ。開場時でも間接照明のみの、照度の低い空間、両サイドの壁面がコンクリートで粗めの質感なこともあり、まるで洞窟の中に入ったような気分になります。心なしか開演前の喧騒もひとごとのように、遠くに聞こえるきがしてきました。
座席表はこちら。ひし形の特異な形状が目を引きます。
pdfが頒布されています→ http://www.t-bunka.jp/old/hall/shall_zaseki_a4.pdf
個人的にはO列の端っこや、S列25・26や39・40がお気に入りです。600席以上あるホールなのに、ひとに前を横切られる心配のない端席で、ゆったりした気持ちで鑑賞に没頭できます。まんべんなく残響豊かな小ホールでは、壁沿いのこんな席でも、ど真ん中と比べてもあまり遜色ない音響を味わうことができますから、きこえの心配も要りません。
屏風を90度回転させたような不思議な形状の反響版は、開館当初からのものですが、いまでもスタイリッシュで、どんな演奏会にもしっくり馴染みます。ステージはそこそこ狭いですが、声楽アンサンブルが15、6人ほどで公演した際でも狭さを感じませんでしたので、そのあたりが上限なのかもしれません。
天井から釣られたり、壁面に当たるように調整された間接照明は、美術館にいるような落ち着いた雰囲気を醸し出します。
左右の壁にはさりげなく時計が作りつけられています。盤面は壁と同化し、針の音もなく、開演時は針のライトもOFFになる細やかな気配り。
ちなみに最近HPがフルリニューアルしたのですが、今までの見た目に慣れすぎていて、必要な情報にどこからアクセスしてよいやら、トップページで途方にくれることが増えた、というのはこっそり言っておきましょう。(スマホオンリー層にはよいのかもしれませんが、、、基本ブラウザ態勢がPCの人間にとっては、ちょっとつらいものがあります)
神田橋ジャンクション
気圧の高低差のはげしい5月も、いくぶん収まってきたある夜、
ふと思い立ったので、兼ねてからじっくり眺めてみたかった神田橋JCTへ遊びにいってきました。
最寄駅は東京か神田です。距離的には神田の方が近いのですが、他にも用事があったので今回は東京駅からをチョイス。
例の天井で有名な出口から出て、左手にひたすら歩きます。
駅にちかい高架下は御多分に洩れず飲屋街です。比較的新しいお店も多いので、最近いろいろと手が入ったのかもしれません。それにしても、重量感のある橋脚。
中央線の高架は、場所によってかすかに湾曲している部分もあります。
そりゃそうだよな、人間だってまっすぐにいきたくても、
なかなか曲がらないでいくのは難しいもの。
飲食店もすくなくなって、大きなビルも人気がなく、がらんとしてきました。
グーグルマップさんによると、この橋の真ん中あたりから神田橋ジャンクションが見られるはず…!
続きを読む「わたしが一番きれいだったとき」
新しいアーティストというのは、聴いてみるまで、その良しあしがわからない。
そりゃ至極あたりまえのことだ。
では、私たちはどうやって新しいアーティストを知り、聴き、
気に入ったり気に入らなかったりするのだろう。
海外でとても売れっ子になって、今度日本でも演奏会をする、
というアーティストがいたとする。
でもまだCDは作ったことがない。
事務所はがんばって売り出そうとする。
売れない。売れない。困った。
当人も告知を頑張るが日本に知り合いが少ない。
まだ売れない。
広告費を増やす。
まだ足りない。
動員をかける。
当日になった。ぎりぎり7割客席が埋まった。
演奏は大成功だった。
帰りがけにお客様が口々にいう。
「こんなにいい演奏家だったのに、どうしてこんなに客席が空いていたのかしら。もっと売る方が頑張らないといけないわよねえ。」
こんな例はそれこそ売るほどある。売れないわけだけど。
また、ジャンルオーバーなアーティストほど、この時に苦労する。たとえばジャズとクラシックにまたがっている人物なら、当然2つの方面からアプローチするが、クラシック側からは「ジャズのひとでしょ」、ジャズ側からは「クラシックのひとなんでしょ」と言われてしまったりしようものなら立つ瀬がない。
* * *
一体お前はなにを言いたいのだ、
タイトルの茨木のり子の詩の題名には、いったい何のかかわりがあるのか
という声がそろそろ聞こえてきた。
小田朋美という作曲家/ヴォーカリストがいる。
音楽ナタリー等で「東京芸大作曲科卒の非クラシック系アーティスト」と呼ばれる人物。津軽三味線やアイリッシュ系など、幅広い共演者との作品がすでに世に出ている。本稿タイトルは最近リリースされた彼女の第2作CDの1曲目でありアルバム名である。
とある菊池成孔フリークから誘われて、小田朋美の彼が共同プロデュースした1stアルバム『シャーマン狩り-Go Gunning for Sharman-』を聴いたのをきっかけに、私は彼女のうたを知り、のめりこんだ。アルバム最後のキラーチューン「カム・ダウン・モーゼ」を筆頭に、どの曲も理知的なアプローチにもかかわらず、ものすごくエモい。元楽器吹きでクラシック(室内楽)、ジャズ好き、ポップスも、という自分はひとたまりもなかった。
彼女はよく、日本の著名な詩人の詩を取り上げる。でもそのやり方が、ゲンダイオンガク的難解さでもなく、ポップスよりのなるい仕立てでもなく、はたまた童謡ばりの可愛らしさでもない、エッジの聞いたしつらえなのだ。
小田朋美の扱うジャンルは非常に幅広い。伝統的なクラシックの技法もつかいこなし、ストリングのオーケストレーションも美麗。インプロもできる。ダンスとも共演する。タンゴもジャズもできる。幅広すぎる。そしてそれらを濃淡合わせ混ぜた、分類しようのないところにこそ小田朋美の魅力がある。
さて一通りはまり込み、
友人知人に「これいいよ~」といってすすめようとして、
ふと困った。
どのジャンルが好きなひとにすすめればいいんだろう。
クラシックを好んで聴くひとにはあまり歌モノをすすめない私。またジャズと一口にいっても、ヴォーカル無しのものを好むひと、ビッグバンド方面が好きな人ではかなりの差がある。だからといってアイドル好きの知人や、広汎な意味でのポップス(J-も、K-も、A-も含む)を好きなひとにすすめようにも人を選ぶだろう。最近タンゴもやっているが、日本ではニッチすぎる。
ここで冒頭の質問がリフレインするわけだ。
「私たちはどうやって新しいアーティストを知り、聴き、気に入ったり気に入らなかったりするのだろう。」
皆、何を媒介にして音楽の情報を仕入れているのだろうか。音楽雑誌がこれ以上ないほど疲弊しきったこの時代に。
SNS?アーティスト自身が発信するSNSだけでもあっぷあっぷしそうなくらいにあふれているし、ただの愛好家ならその量は推して知るべし。
TV?無料放送は雑誌と同様の斜陽ぶりだ。
ではラジオ?ラジオは意外とありかもしれない。・・・
自分は新しい音楽が好き、なんでも聴くよ〜と言っているひとに問いたい。
あなたはなぜ、その音楽をはじめて聴くに至ったのか。
一度「俺はこれが好き!」と決めた後、その情報を刷新する機会はどれだけあったか。
じぶんから進んで新しいものに出会おうとしているか。
* * *
彼女の音楽は、尖ろうとしているひと、尖っておらずにはいられないひとたちにとって、とても有意義なものになるだろうと確信している。新し物好きのひとびとにはおもしろがってもらえるだろうが、どこへフォーカスするべきなのか。
それで思い出したわけだ。なんかいろんな人が「俺のやってるこういうことはぜったい今一番いい感じの試みなはず!」と思っている場所へ、なにか書いてみよう、と。
しかし最終的に、それは却下された。あの雑誌様にはそれこそ「ジャンル違い」に見えたのが理由かもしれないし、PRぽく見えすぎたからかもしれないし、この文章が拙すぎたからかもしれない。
それはまあいい。
問題は小田さんの曲を私がいろいろな人にすすめたいと思っていること、そしてその勧める宛先をはかりかねて、こんな切っ先のの決まり切らない言葉を振り回した結果、こんなことになったという話だ。
小田朋美の新しいアルバムが出たので、最後にこれを紹介しておわることにしよう。
小田朋美『わたしが一番きれいだったとき:
『When I was young and so beautiful』
三枝伸太郎 小田朋美オフィシャルインタビュー『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』
もう一度問うておこう。
あなたはなぜ、その音楽をはじめて聴くに至ったのか。
一度「俺はこれが好き!」と決めた後、その情報を刷新する機会はどれだけあったか。
じぶんから進んで新しいものに出会おうとしているか。
箱崎ジャンクション
わざわざ捕まりに行ったようなものだった。
こんなに好きになるとは、予想だにしていなかった。