くわだてありき

田橋るう(たばし るう)です。吹奏楽とかアトマネとか高架下とかのはなしをしてます。

音楽堂これくしょん(特別枠)普門館

壊されると知ると「あと一目」とつい思うのは人の性、でしょうか。

 


このような報道がされてから、一度この目で見ておこうと、何年かぶりに訪れてみました。

 

 * * * 

 

最寄駅は東京メトロ丸ノ内線の中でもレアな駅「方南町駅」です。JRから新宿で乗り換える場合はちょっとコツがいります。中央東口へたどり着くためには、どの路線をお使いの場合でも到着したホームから降りずに、まずホームに記載されている「中央東口」へ一番近い階段まで移動しましょう。ホームから降りてしまうと途端に難易度が上がる可能性大です。新しくできたサザンテラス口から降りてしまったりしようものなら、目も当てられません。

また東京メトロに乗ったあとも、中野坂上駅で乗り換えの生じる可能性が大きいので油断禁物。所謂盲腸線である方南町行きに乗り替えられたら、あとは終点までのんびりしてください。

 

方南町駅はあんまり大きい駅ではありません。改札は2つありますが、どちらを降りても環七通り(車線の多い、大きな道です)に出られればOK。

そこから道なりに5,6分歩くと、川を渡るはずですので、右折しましょう。もうその頃には、あたりは立正佼成会の関係の建物ばかりになっているはず。

 

 

 

ビスキュイを貼り付けたケーキのような、あの特徴的な外観が見えてきました。

 

普門館は、昭和45(1970)年、多くの人の心を豊かにする文化活動のために使い、その文化活動を通して世界が平和になっていくことを目的に建てられました。「普門」とは、すべての人に門を開くという意味で、法華経の中に出てくる言葉です。その原点は観世音菩薩、すなわち観音さまにあります。観世音菩薩は、すべての人を平等にいつくしみ、その人その人にふさわしい姿になって教えを説き(普門示現)、やすらぎと生きる希望を与えてくれる菩薩さまです。立正佼成会庭野日敬開祖は、その観世音菩薩の心を私たち一人ひとりが自分自身のものとして、人々に安らぎをもたらしていくことで穏やかで調和のとれた世界を作っていく大切さを教えています。」
http://www.kosei-kai.or.jp/040honbu/0405/

 

* * * 

 

本来は立正佼成会の関係の催事を行うのに使用されていましたが、同会の方針により、宗教関連以外のイベントにも貸し出しが行われていました。

このホールがいかにいろいろな演奏の舞台となってきたのか…全国大会はいわずもがな、カラヤンが来た時の逸話などきりがありませんが、詳しくは他の方がたくさんお書きになっていますから省略。

 

ここで行われたさいごの全国大会は2011年のこと。課題曲Ⅰが「マーチ ライヴリー・アベニュー」だった時です。委嘱のⅢは新実先生の「シャコンヌ S」でした。
数え切れない、沢山の、本当にたくさんの名演が生まれました。ただ、普門館に合わせたチューンナップを行うことが通例化した結果の演奏の仕方に、疑問を持つ人も、後年は増えたものでした。そんな事情も、いまの現役生で知っている人は少ないでしょう。

 写真上に写っている通路は、一瞬「施設関係者だけしか通ってはいけないのでは…?」と躊躇しましたが、買い物袋を下げた方が通りがかったりしたので、勇気を出してのぼってみました。写真下は2階からの眺めです。ひろびろした通路は、5000 人以上の人数を一度に収容できるホールだからこその設備。普門館のはるか先には、立正佼成会の別の建物も見えます。

 

赤茶色の通路を進むと、2階からのロビーに通じている入り口がありました。いまは立ち入り禁止になってしまっています。そばの街路樹は、仏教関連の施設だけあって『菩提樹』でした。心の中でシューベルト菩提樹を流しつつ歩きます。

 

 

通路をそのまま進むと別の建物へ着いてしまうようなので、途中の階段を使って再び地上へ。と思ったら、階段を降りる途中の景色を見て思い出しました。全国大会の際は、このあたりが搬入口として使われていましたのです。
地下にも駐車場があったのですね。多くのトラックが文字通り分刻みのスケジュールで積み下ろしをしていた光景がよみがえってきます。

 

ぐるっと回り込むと東口です。どちらかというと裏口の扱いでしょうか。バスで普門館を訪れた事のある方は、どちらかというとこの東口を覚えていらっしゃる方が多いかもしれません。

 

辺りには広大な駐車場が、いくつもぽっかりと空間をあけています。これだけ広いスペースがあれば、出演者もトラックも、来場者さえもカバーしきれたことでしょう。いまはどのくらいの頻度で使用されているのでしょうか。普門館取り壊しのあとは、緑地になるということでしたが、こうした駐車場もひょっとすると一緒に緑地化されるのでしょうか。

 

 この庇の下がいわゆる正面入り口です。前半と後半の入れ替え時にはここが特にごった返したものでした。フライングブラボー隊に辟易しながら出たり入ったりした思い出が蘇ります。今となっては懐かしい(…と言いたいものですが、残念ながら名古屋でもそれは変わらないようです)。

 

このアングルだと、コンクリートが多く使われた重厚な様子を堪能できますが、ところどころ、天井のしみやはげかかっているところも見受けられます。意外と天井が低く、昭和の建物だなあと実感もします。

 

ひとまわりしました。よく写真で見る外壁のコントラストもさることながら、大きくコンクリートをたくさん用いた外通路の重厚さにも目を奪われました。

 

* * * 

 

2018年の12月から解体工事が始まるとのことなので、まだもうすこしだけ見にくる猶予がありそうです。土日に訪れたにもかかわらず、駅前の混雑からは離れた静かな空間でした。ゆっくりと名残を惜しみつつ、訪れてみるのも良いかもしれません。

今回は当然ながらホール内部の写真はありません。ご了承ください…。
普門館にはみなさまいろいろな思い出があることでしょうし、その思い出をあたためるきっかけにしていただければ幸いと思います。