※この記事は吹奏楽を経験してこなかった方にもできるだけ分かりやすいようにと思って書いています。経験者の皆様はまどろっこしく感じる部分もあるでしょうが、どうぞこらえてくださいませ。
昨年の7月頃書いた記事[どうしてJ-フュージョンは吹奏楽の中で生き残り続けるのか]は、色々な方に読んでいただけたようで、ありがたい限りでした。
若干煽りめのタイトルにご指摘をいただいたりもしつつ(確かにちょいやりすぎでした)たくさんコメントをいただいた中に、こんなものが。
どうしてJ-フュージョンは吹奏楽の中で生き残り続けるのか - くわだてありき
息子の小学校の金管クラブで宝島を演奏してたんだけど、全ての音符が八分音符にクオンタイズされた簡単バージョンになっていて、すっごい変だったけど、裾野広いな!と感心した。
2018/07/11 10:05
全部八分音符になった宝島!楽譜は見つからなかったのですが、超聴いてみたい。
吹部経験者以外の方からのコメントもたっぷり頂戴しました。それらを読みながら、吹奏楽ってなんでもかんでも「ダサい」レッテルを貼られがちな傾向があるよなー、次はグレードの話も書いてみたいなー、なんてぼんやり考えていました。
そう、吹奏楽の演奏について、特に聴き専の人からよく言われるご意見が「どうして吹奏楽のサウンドって、あんなにダサいの?」というようなものです。
いくつかの原因が考えられるでしょうが、その中でも、自分でも説明しきれそうなことに絞ってお話ししてみようと思います。
吹奏楽のメジャーなレパートリーは、オーケストラとは異なる作曲家たちの名前ばかりなのですが、その中でも経験者にはよく知られているのが、J.スウェアリンジェンの作品です。日本中のどの吹奏楽部を訪問しても、楽譜棚に1冊は彼の作品が置いてある、といっても過言ではないくらい、経験者にはおなじみの存在です。
でも、少し吹奏楽に詳しい愛好者はこんなふうに言います。
「スウェアリンジェンってつまんないんだよね」
「みんな同じ曲に聞こえる」
……彼の作品の大多数には、共通するスタイルがあります。すなわち、ファンファーレではじまって、快速なテーマが続き、一旦盛り上がるとテンポが落ち着いて静かな部分へ。そのあともう一度快速に戻って、盛り上げておしまい。また、用いているコードもわかりやすい…逆に言えばありふれたものに終始するので、上記のようなディスりを受けてしまうわけです。しかし、それにはちゃんと理由があります。
スウェアリンジェンの活動しているアメリカでも、日本でも、吹奏楽作品にはグレードというものが設定されています。要するに曲の難易度のことです。米国では学校の授業の中で吹奏楽を扱うのですが、その際に教材として学びの段階に応じた適切な曲を与える必要があるという背景から構築されたシステムです。
そもそも、なぜ吹奏楽がこれほどまでに全国の学校で取り組まれているかといえば、弦楽器やピアノと異なり、楽器の演奏を(ある程度)モノにできるまでの期間が短くてすむことが大きな要因です。管楽器の場合、楽器を持って3ヶ月~半年くらい練習すれば、ある程度音が並べられるようになります。だから初心者でも演奏できる曲、みたいなものにも大きなニーズがあるわけですね。国や出版社によって差がありますが、グレード1が最も易しく、数字が大きくなるに従って難易度が高いことを示すという仕組みは共通しています。
どのくらい違うものなのか、ちょっと順番に聴いていってみましょう。
【グレード1】
エド・ハックビー/喜びと勝利: Joyful and Triumphant
https://www.barnhouse.com/?listen-view=true&action=listen-view&id=276293
※↑音源と楽譜が見られます
in B♭の移調楽器が多い吹奏楽にとって、E♭は♭ひとつですむ意外と簡単なキーです。メロディと伴奏の区別はなく、基本的に全員が同じ動きをしています。曲の長さも2分足らず。
【グレード1.5】
ロバート・W・スミス/Deck the Halls With Drums and Voices
https://www.barnhouse.com/?listen-view=true&action=listen-view&id=276431
※↑音源と楽譜が見られます
さきほどのグレード1の曲もそうですが、細かい音符は8分音符までしか使われていません。管楽器はもとより、打楽器も簡単なリズムパターンのみで出来ています。ベースラインは、一部を除いてほぼ2つの音だけ(ドとソのみ)で吹けるようになっています。
【グレード2】
後藤洋/あそびうたによる3つのカプリッチョ
ポピュラーなわらべうたが題材で、親しみやすさは抜群。やはり難しいリズムを使うことなく構成されています。主となるメロディはカノンのようにかけあいになったり、2倍に引き伸ばされてベースパートに現れたりと、学習の手がかりにしやすいところもポイント。
【グレード2.5】
黒川圭一 編/ケルティク・ファンタジー
装飾音符を扱うなど、だいぶ色々なことができるようになってきます。一部の楽器にはソロ(=ひとりだけで演奏する)のパートも。とはいえまだ、高くて(あるいは低すぎて)出しにくい音域を使わずに吹けるよう、細やかな配慮がされています。じつはこの曲、同じ楽器でも初心者と上級生とで別の譜面を選択できるようになっていたりもして、スクールバンドには嬉しい超親切設計なのです。
【グレード3】
スウェアリンジェン/アイガー〜頂上への旅
https://www.barnhouse.com/?listen-view=true&action=listen-view&id=273892
※↑音源と楽譜が見られます
www.youtube.com
映画のサントラ風の、シリアスめなサウンド。シンコペーションのよい練習になりそうな箇所があちこちに。どんなバンドがやってもちゃんと響くようにハーモナイズされているのは、さすがの手腕です。中間部の終わり頃にはちょっと洒落たコードもあったり。このあたりになるとコンクールの自由曲として見かけることも増えてきます。
【グレード3.5】
J.B.チャンス/呪文と踊り
一聴するとかなり複雑なことをやっているように思えますが、木管楽器の早いパッセージは、実は二手に分かれて負担が軽減されていたり、打楽器を効果的に使うことで迫力をアップしたりと、まるで魔法のようなテクニックを駆使して作られています。トリッキーなリズムに若干手こずるかもしれませんが、きちんと練習を積めば理解できる範疇ですし、ひっかけのような休符に騙されずに吹きこなせるようになる頃にはリズム音痴もすっかり克服できることうけ合い。これでグレード3.5、驚きの聴きごたえです。
【グレード4】
ロバート・W・スミス/海の男たちの歌(船乗りと海の歌)
先程グレード1.5でご紹介したのと同じ作曲家の、代表的な作品です。びんびん響くダイナミックな迫力に特殊奏法のオンパレードと、難易度高そうに思えますが、曲の構成自体は案外シンプル。中間部のソロもオイシい、グレード的にはかなりコスパの良い一曲です。
【グレード4.5】
江原大介/断続のスカーレット
さすがに4.5ともなると、結構細かい連符が多用されるようになってきました。調性のない、ちょっと現代音楽的な手法が用いられ、一人の奏者にかかる重圧が大きい静かな場面もあったりして、ハードルは高そうに思えます。ただ、各奏者は1つの音しか演奏しませんから、ぶっちゃけ音のぶつかりや複雑なハーモニーをバンド全員が理解する必要は無いとも言えます。スケール(音階)を丁寧に練習し、足並みの揃ったところを見せられれば、コンクールでも全国バンドと大いに渡り合えることでしょう。
【グレード5】
高昌帥/ウインドオーケストラのためのマインドスケープ
一音一音に精度を要求される、かなりシビアな作品。ここまで来るとなかなかおいそれとは手を出せません。演奏するのに必要な人数も、楽器の種類も、初級者向けの作品とは段違いです。
【グレード5.5】
J.バーンズ/交響曲第3番 Op.89
編曲モノじゃなく吹奏楽編成のために書かれた、れっきとした交響曲(シンフォニー)。全4楽章からなり、苦悩から絶望を経て勝利の爆発へと至る構成も、まさにクラシカルな交響曲のスタイルそのものと言えます。当然演奏しこなすためのアプローチも、オーケストラ作品のような高度な読み解きが要求されるというわけです。グレード表記はあるものの、これは1つの音楽作品として演奏され、聴かれるべき。
【グレード6】
ホルジンガー/春になって、王たちが戦いに出るに及んで・・・
苦手な人は頭を抱えたくなるような前衛的なサウンドで始まり、目にも止まらぬ速さで疾走していきます。現代音楽のCDに入っていても何らおかしくないような作品。(でもこの曲、全国大会でバリバリに中学生のバンドが吹きこなしてたりするんですよ……)
* * * *
これはほんの一例ですが、グレードが上がるにつれて曲が複雑になっていくのがおわかりいただけるかと思います。書き手は低グレード向けの作品を書く際、もちろん自らのインスピレーションや、霊感、創造力を大事にするのですが、それと同じくらい演奏のしやすさや、良い練習課題をもりこめるか、といったことも重要視しているわけです。ただ自分の書きたいように書いただけでは演奏されない(=譜面が売れない!)という、すべてがプロ向けのジャンルにはない難しさが吹奏楽にはあるのです。
「演奏難易度」と「音楽としての完成度」を両立した作品も中にはありますが、ここで別の問題が生じてきます。すなわち、演奏団体によるクオリティの差です。
当たり前ですが、作曲家がどれだけ良い作品を難易度に配慮して書いても、演奏がいつも完璧とはいかないのが、吹奏楽の難しいところ。高難易度の作品の場合、演奏できるバンドが限られるため、逆に言えばYouTubeなどで聴ける音源にも一定のクオリティが期待できます。ところが低グレード向けの作品の場合、どんなに演奏効果を考えて配慮された作品でも、バンドに問題がありすぎてその曲の魅力が発揮されていない、なんてこともあり得ます。そうした演奏を聴いて「ふーん、この曲へんなの」とか思われてしまうケースがあるわけです。
さらに言えば、吹奏楽部を仮に中学や高校の3年間やったとしても、演奏できる作品の数にはどうしても限りがあります。難易度の低い作品や、J-POPの編曲もの、校歌、野球応援、くらいのレパートリーのみにしか触れられなかった吹奏楽部員には「吹奏楽ってこういう曲しかないんだ」という刷り込みがされてしまう可能性だって、大いにあるのではないかと思います。
どんなに作曲家が吹きやすく曲を作っても、自分たちが作品に「配慮してもらっている」ことに、練習者は気づかないことがほとんどです。だってそんなこと考える余裕がないのが「初心者」ですからね。でも自分たちが普段聞き慣れている流行りの曲とは何かが違うと感じ、物足りなさを「ダサい」と称するのです。吹奏楽経験者自身が「吹奏楽ってダサい曲ばっかでさー」って言っていたら、そりゃ経験したことの無いひとたちは、「吹奏楽やってたヤツが吹奏楽はダサいって言うんなら、まあそうなんだろう」と思うに決まってます。そんなふうにして、吹奏楽はダサいという決めゼリフだけがひとり歩きしていくと。
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さて話を戻して、日本でよく知られているスウェアリンジェンの曲は、グレードでいうと圧倒的に2.5〜4程度のものばかりです。彼の作品の数はめちゃめちゃ多くて、もちろんほかのグレードのものも書いてるんですが、日本のコンクールにちょうどいい難易度・長さの曲が広まったために、初級〜中級バンド向けの曲でよく知られることになったというワケです。
実際スウェアリンジェンは大学で音楽教育学部の教授というポストについており、作曲家であると同時に指導者、教育者でもあります。またアメリカのコンテストでは毎年新譜が演奏される(古い曲はあまり取り上げられない)ことから、作曲家はその年のコンテストのための作品を沢山つくります。もちろん彼もそうです。こうして、低グレード向けに配慮の行き届いた、かつ作風の似通った曲がいっぱい演奏されることになったわけです。
日本にはその楽器の達人ばかりを集めたプロの吹奏楽団もあれば、今年楽器をはじめたばかりの新入生が半数以上を占めるフレッシュなバンドまで、多くの吹奏楽団があります。要はピンからキリまで裾野が広いってことです。吹奏楽のレパートリーもまた、初心者でも楽しく合奏の醍醐味を味わえるものから、オーケストラ作品と同じように末永く聴き継がれていくべき名曲まで、実に様々な作品があります。
たとえ吹奏楽に関わりのなかったという人でも、作品の生まれた背景にあるニーズを知れば、簡単に「ダサい」と言ってすてることはできなくなるはずです。また、吹奏楽に愛着を感じている方々におかれましては、ぜひとも自分たちがかつて配慮してもらっていた低グレード作品のことを簡単に「ダサい」と言わないでもらいたいものだな、と思います。
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